5/6 鎌倉さんぽ

私の目には日本国中がに浮かれているように見えたゴールデンウィーク。仕事もあるのだが、何やら身辺忙しくたち動いていた、最終日の6日、無理矢理1日オフ日を作った。

この日は少し遅めの朝から鎌倉散歩と決め込んだ。
それも贅沢に道行きガイド付き。
KOTOPLANNINGの弓月プロヂューサー(以降P)は鎌倉ツウなのだ!

北鎌倉駅から東慶寺に向かう通りは、流石の連休という事で少し人口過剰ぎみだがここは仕方ない。東慶寺に入るにはSuicaを使うと言うP。寺院でまさかと思ったけれど、これは簡単非常に良い。小銭がいらなくなるなぁ〜と思ったが、お賽銭はさすがにSuicaでは無理のようだ。

境内のは、先ほどの喧騒は何処かしこ、さほど人も無くゆったりした気持ちで散策が始まる。崖にある岩に張り付いた植物の奇妙な景観を見ていると、すれ違う人の口から岩タバコという植物だと知る。東慶寺には立派なパンフレットもあり、それを見ると6月初旬から中旬に紫色の花が咲くらしい。これはまた来なければ。

今の時期は小振りではあるが、まるで煙草の葉が直接崖肌から飛び出しているかのような姿が面白い。声の主に話を聞いて見ると、東慶寺の名物になっていて、やはり時期としては少し早過ぎたと残念がっていた。

散歩をしていると少し歩くだけで様々なものに出会うことができる。新しい色、新しい光、新しい音、新しい気温、新しい風。人により生み出された物達全てが包み込まれ、緑色の生命の中に統合してしまうの自然の力の凄さは、押し付けでは無い優しさが見え、心にしみる。自然にある緑色は人々の側に常にあり、心を癒やしてくれる。

境内を出て、通りに出るとさすがに人が多いので、Pはしっかり人のいない所を探し、裏小道を案内してくれる。少し遠回りになると言う道は、地元の人の生活道。人の力を見せつける様に急斜面に建てられた階段状の家々も、自然の中に溶け込んでいる。

目指すは銭洗い弁天。
途中、葛原岡神社に立ち寄り玉こんにゃくを喰らう。串に刺された玉こんにゃくの舌触りはなかなかの物で同行者は美味し美味しいと口にしていたが、味付けは私の口に少し合わなかった。玉こんにゃくの私の一番は、山形県の名月荘にあった、宿泊者は食べ放題の鍋ごとの物だ。これに叶う物は我が家の味付けくらいだ。

銭洗い弁天はお金を洗うと何倍にもなって帰ってくると言う霊水が湧く。しかし、弁財天は何故お金と縁が深いのだろう、基本学問藝術の神なので私は敬いたいところだが、お金に関して言えば大黒様でも良さそうな気がする。そんな事を言うと御利益が薄くなりそうなので、話はこれくらいに。とは言え数百円しか洗ってはいない。カードを洗えば良かったかな、等と考えてみたりする。

銭洗い弁天を出ると、参道の茶屋みのわに案内され葛切りを頂く。ここの葛切りのスタイルは祇園の鍵善良房のスタイルと同じ、蜜と葛が二段になった塗りの器に入って出て来る。黒蜜は鍵善より少しサッパリした味わいで食べやすい。お代わりをしたいくらいだ。

みのわから鎌倉駅に向かう街道に向かうと鎌倉佐助。この交差点には小さなスーパーマーケットがある。間口一軒の本当に小さなサスケストアだ。ここには採れたての三浦半島から採れたての野菜が置かれている、またイタリア食材もあると言う面白い食材構成の店、一度立ち寄るのは楽しいと思う。

鎌倉駅からはおなじみ江ノ電に乗り、腰越に向かう。ここには腰越珈琲という、気になる店があると言う。Pもはじめてのようだ。近すぎて道に少し迷ったが腰越珈琲はまるで昭和の民宿にでも泊まりに行ったかのような風情。店主ひとりで賄っているが、私達が入った後には次々と客が絶えない。珈琲とサンドウィッチを二つ頼んだが、想像もしないビッグサイズ。3人で二つが丁度よいサイズだった。

その後、駅までもどり海に向かうが、さすがの連休最終日は人が多いので断念し藤沢まで行って、折り返してくる。
再び鎌倉駅までたどり着いた私達の〆は小町通りの鉄砲串 (てっぽうぐし)。店内は7〜8人ほどが座れるカウンターと、4人がけのテーブルが3つという造り。入り口近くの一席を陣取り、一万七千歩の旅はビールで締めくくられる。

優しくゆっくり息づく大自然。
そこに共生する人々も、自然に生かされている事を学び、息づいている。この旅では、その融合の強い優しさを目に受け、カラダの中にも受け入れる事が学べる旅であった。

その自然を満喫するために、みのわの葛きり、サスケストアのコロッケ、腰越コーヒーの焼き林檎サンド、シメは鎌倉小町通りで焼き鳥と軍鶏雑炊を頂く。結局は食い気に勝る物は無い。

道先案内人のPありがとう。

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